パフォーマンス向上にこだわる理由とは?

ここでは、なぜ私がここまで『パフォーマンス向上』にこだわるのかを話していきたいと思います。

~高校3年間の経験~

中学3年~高校1年生

中学野球を引退して、高校入学までの半年間。自ら栄養学・トレーニングを勉強し、満足いく状態で高校へ進学しました。体重はプラス5キロ。神経は研ぎ澄まされ、自分でも驚くような球速・打球の飛距離。絶対にプロ野球選手になるんだという強い想いのもと、トレーニング効果を実感できた瞬間でした。

入学後の試合でも結果を出し、同級生の中でも頭ひとつ抜き出た存在でした。

その後待ち受けていた苦悩

3年間は寮生活でした。毎日23時消灯、5時起床。睡眠時間は6時間をきることが多く、限界を超えた食生活で食べ物は喉を通らず、半年間で体重は10キロ減ってしまいました。

睡眠不足、体重の減少と同時にパフォーマンスはどんどん低下。思うように体は動かず、頭に霧がかかったような状態で毎日を過ごしていました。

そしてとうとう・・・

練習がハードだったことに間違いありませんが、それに追い討ちをかけるような生活習慣もあり体はボロボロ。とうとう脛骨(スネ)を疲労骨折してしまい松葉杖生活がしばらく続きました。

ケガで雑用続きの毎日は私の心に強いダメージを与えました。ご飯が食べれない私に対する周囲の風当たりは強く、それをきっかけに人間不振にも陥ってしまい、死をも頭をよぎりました。

しかし私には、プロ野球選手になるんだという強い想いがありました。

俺には野球しかない

ケガの期間中も出来ることはがむしゃらに取り組みました。下半身が使えないなら上半身、体幹のトレーニングを。みんなが寝ている間にも必死でやれることはやりました。しかし、がむしゃらにトレーニングするだけでは意味がないことに、その後気づかされました。

度重なる故障

高校2年生の春。脇腹に違和感を覚えました。すぐに治るだろうと思い、そのままプレーをした結果、今度は肋骨の疲労骨折でボールを投げることができなくなりました。甲子園大会の県予選を控えた大事な時期に・・。痛み止を服用しながら試合には出場しましたが結果を出すことはできませんでした。

更に・・・

高校2年生の秋。治っていたと思っていた肋骨の骨折が再発しました。しかも、甲子園出場をかけた大事な大会で・・・。チームはあと一勝のところで甲子園を逃し、私は悔しくて、苦しくて、眠れない日々が続きました。

高校生活最後の夏の大会

最後まで納得のいく形でボールを投げることはできませんでした。常にどこかに違和感を抱え、探り探り試合を進めていきました。

『気持ち』

これは私が、最後の夏の大会で自分自身に掲げたテーマです。

納得のいく形ではなかったものの、腐らず、諦めず目標に向かって取り組んできた自信。準優勝という結果に終わりましたが、その気持ちには『迷い』『ブレ』はありませんでした。

高校3年間を振り返って

思うような結果を出すことができなかった高校3年間。結果を出せなかった理由を大きく3つにまとめてみました。

①睡眠不足

毎日6時間を切るくらいの睡眠時間。ハードなトレーニングを行う成長期の子供には、十分な回復時間とは言えませんでした。

②食事のタイミング

適切な間食、食事のタイミングではなかったと思います。効率の悪い食生活はパフォーマンスに直結します。

③入浴時間

疲労がとれるような入浴はできていなかったと思います。

これだけではありませんが、生活習慣がパフォーマンスに大きな影響を与えていたのではないかと思っています。

もちろん、自身の理解力のなさや思考の偏りは、結果を出せなかった一番の要因だと思っています。ただ、寮生活を送る中、環境は変えることができませんでした。

目標に向かってがんばるみなさんへ

私自身のこのような経験から、

『知っていればこれまでの努力を最大化できるかもしれない』

『パフォーマンスを落とさずに練習、試合、生活習慣を送れるかもしれない』

そういう想いが強く芽生えてきました。

また、『環境を選ぶ能力』これは必須だと思います。

私のように、パフォーマンスを発揮できずに苦しむ人を見たくない。がんばるみなさんのサポートをしたい。これが、高校3年間の野球生活を終えて今もなお、『財産』だと思っている『想い』です。

高校3年間は本当に辛かった。人生で初めて死を意識した。その経験があったからこそ、今みなさんに伝えたい。広めたい。そう、強く想う毎日を過ごしています。

最後までこの記事を読んでくれたみなさん。ありがとうございました。

私は、みなさんが最高のパフォーマンスで力を発揮できるようとことんサポートします。

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